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厚木が駆けた“平成”30年をプレイバック

天皇陛下の退位と、皇太子殿下の新天皇即位に伴う新たな時代の幕開けまで、120日。30年に及ぶ「平成」を駆け抜けた厚木の来し方を紐解く。

 平成元年の厚木市は足立原茂徳市政の3期目で人口は19万2493人。4月に厚木市シルバー人材センターが発足、10月に荻野運動公園の競技場とテニスコートがオープンした。翌2年7月、厚木一番街にモールが完成。11月には市最大の公共施設・総合福祉センターが中町に開所した。

 平成3年、2月の市長選で足立原氏が4回目の当選。7月には人口が20万人を突破した。4年4月に新座架依橋が開通、翌5年の第47回郡市対抗駅伝競走大会(現かながわ駅伝)で厚木市が初の準優勝に。

 平成6年3月に厚木パルコ開店。7年1月、阪神淡路大震災の救助活動に市職員を派遣。2月の市長選挙で山口巖雄氏が初当選を果たす。8年8月、厚木市がホームページを開設、9年4月に厚木中央公園が全面オープンした。

 平成10年、市郷土資料館がオープン。11年4月、前年に市へ寄贈された古民家岸邸が開館。12年、厚木市は湘南ベルマーレのホームタウンの一つに。翌13年ファミリーサポートセンターが開所。14年4月には本厚木駅周辺で暴力団抗争による発砲事件が勃発した。

 平成15年、山口市政3期目へ。厚木市立病院がオープンする一方、青山学院大学厚木キャンパスが閉鎖。16年3月には厚木高校ダンスドリル部が全米選手権でグランプリ、10月に新潟県中越地震の救助活動に市職員を派遣。17年5月、第1回小江戸あつぎまつり開催。18年4月には厚木市東京事務所が開設し、企業誘致を推進。

 平成19年1月、小林常良氏が市長選初当選。20年2月に厚木パルコ閉店。11月の第3回B-1グランプリで、厚木シロコロ・ホルモンが優勝。この年22万6419人で過去最多の人口を記録。21年4月、新総合計画「あつぎ元気プラン」スタート。

 平成22年、県央相模川サミット発足。23年には市のマスコットキャラクター、あゆコロちゃんが誕生。翌24年、厚木市斎場が完成し供用開始。25年3月に圏央厚木インターチェンジ開通。26年4月、パルコ跡地にアミューあつぎがオープンした。

 平成27年2月、厚木市は誕生から60年を迎えた。28年9月、いきものがかりがメジャーデビュー10周年凱旋ライブを荻野運動公園で開催。29年9月、本厚木駅南口の再開発がスタート。30年8月、厚木市が沖縄県糸満市と友好都市を締結した。

 平成はあと、120日

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